初めての上司

社会人になって最初の上司は、3つ上のフランス人だった。とても優秀な人で、とても尊敬できる上司だった。彼に出会ったことが社会人としての礎を築いてくれた、と言うくらいに思っている。ぼくは今でも彼だったらどういう風に考えるのだろう、と思いながら仕事していることが良くある。

彼のどんなところに学ぼうとしたか、ここに挙げてみる。

1.「シンプルで明解な規則」をもって考える、判断する

これが、ぼくが彼から学んだものの中で最も価値があることだと思っている。ぼくたちが仕事をしていたのは自動車部品の製造工場で、彼とぼくの仕事は工場内の全ラインの生産管理だった。予期しないトラブルだったり、新しいラインの立ち上げだったり、対応が必要なことが毎日のように起こるような現場だった。

事故原因を究明する時、製造方法の最適解を考える時、 彼は自分の持つ「基本ルール」で考えていた。例えば、

「鋳鉄と鍛造アルミ材では、同様の加工をするときにはxx倍くらいの時間差がある」
「1回セットアップが増えるということは、およそxx秒程度、サイクルタイムが増えることになる」

とか、そういうことを自分の経験から基準として身に付けていて、これで判断をするから、決断がぶれなくて早かった。

これは簡単に出来るようでなかなか難しい。採取されたデータと言うのは得てして複雑に見えるものである。それが自分が慣れ親しんでいないものであればなおさらだ。「複雑」なデータに対して、人は「複雑に」考えてしまいがちだ。そうではなく、エッセンスを的確に抽出して判断する能力、この重要性をぼくは彼の実践から学んだ。

2. 説明したいことを論理的にしゃべる

彼は英語が上手であったけれども、フランスなまりではあったし、ネイティブほどに語彙が豊富なわけでもなかった。(とは言っても、かなり上手。アメリカで仕事するのに全く問題ないレベル。)それを意識してか無意識でかは分からないけれど、彼の話はどんな場面においても、主張がしっかりしていて説明が明瞭簡潔だった。

これは、1. に挙げたように考える時に頭が整理されているから、説明・主張も整理されている、と言うこともあるかもしれないが、それだけでなく、説明する時には伝えたいポイントを明確に持っていた。それが分かるから、例えば格好良く説明する代わりに "I like aa, but I don't like bb because..." みたいな英語でもビジネスの会話がきちんと成り立った。大切なのは、どうしゃべるかではなくて、何を伝えたいかなんだ、ということを間近で見せてもらえたことは、英語で仕事をしていく上ですごく勉強になった。

3. きちんと挨拶をする

彼はぼくに朝の挨拶時には握手をして目を見て挨拶することを求めた。実際、オフィスにいるエンジニア、工場長、現場のラインリーダーなどみんなに対して、彼はこれを実践していた。ぼくは体育会系の運動部に所属していたから挨拶の重要性は身についているつもりだったけれど、彼の挨拶は、お互いの距離を縮める、一歩進んだものだった。ぼくは(アメリカにいる時は)彼のこの姿勢を真似て、握手で目を見て笑顔で挨拶、を心がけている。

4. 出来るだけ笑顔で明るく

彼は現場に出る時には常に明るくいようとしていた。現場の人たちも、彼と打ち解けていていろんな相談をしたり、意見を伝えたりできるような関係を構築していた。年上の人ばかりだったし、いろんな人種の人がいたけれど、かれは物怖じせず、訳隔てなく接していた。現場で働く方々とのコミュニケーションの一つのやり方を教えてもらった。

5. 仕事する時は仕事する。効率よく仕事して長時間労働を避ける

彼は7時半ごろに工場に来て4時半ごろに帰宅することが多かった。仕事時間は長くない。ただし、その間で無駄話をすることはほとんどないし、時間内に工場内の現場を見て、いろんな人と話をして、毎日の製造状況を確認して、と休むことなく頭と体を動かしていた。打ち合わせはたいていが短時間で、話すべきことだけにフォーカスしたものだった。ぼくが雑談しているところに通りかかると、厳しく言われたものだった。あれがあって、ぼくはメリハリを付けて仕事することを大切にするようになった。

6. 自分で手を動かす、体を使う

ライン管理の仕事だったけれど、彼はぼくにラインでの作業をできるようになることを求めた。それは、ラインを止めないための最低限の仕事だけではなくて、工具の交換、マシニングセンタのトラブル対応、完成品の検査、など全ての作業に関してだった。彼自身、全ての作業を問題なくこなすことが出来た。実際に自分で手を動かして作業することで、学んだことが多かったし、なによりそこで学んだことが、自分の「基礎」となって、現実に沿った考え方が出来るようになった。「0.025mmのプロファイルの精度を求めること」とか「Class1のネジ精度で加工すること」について、その難しさや管理について数字上だけではない肉体的に考えることが出来た。